
3日目はMRT木柵駅からバスで30分程の老街へ。
駅前のバス乗り場から666鳥塗窟行きのバスに乗り
「石掟」で下車(途中似た名前があるので要注意)
バスは午前中は1時間に2本、午後は1本
時刻表はありますが、あてにならないカンジでした。
乗車するときは思い切り手を振ってアピールしないと
停留所の表示もあったりなかったりなので必死でした。

石碇はガイドブックにはあまり紹介されていない老街ですが
以前はお茶の生産地であり、坪林、深坑、双渓一帯の
茶葉の集散地でもありました。
石橋の萬寿橋で東西に区切られていて西街のほとんどの家は
土と木材で作られており高さが高いのが特徴です。


東街は貧しい人が住むエリアで乞食寮とも呼ばれていましたが
日本統治時代に炭鉱が発見され栄えました。
場所が限られていたため人口増加に伴い川岸にコンクリートの
柱を立て住居を構えたのが特徴です。

屋根で覆われた構造なので太陽光が入ってこないため
石碇の老街は別名「不見天街」と呼ばれているそうです。
家が密着して騎楼のようなトンネルになっていました。

途中、川岸まで降りられる場所がいくつかありましたが
流れが速かったので眺めるだけにしておきました。

柱で持ち上げられた建物は河床の上に浮かんでいました。
柱で家を上げている「吊腳樓」と呼ばれる建築様式は
山岳地帯に多くみられるようですが、台湾でも僅かしか
残っていないようです。
古びた教会を背景にトロッコを押す坑夫の模型がシュール・・
ただならぬ気配でした。
橋桁がやたらと高すぎる高速道路も怖かったです〜

百年石頭厝という民國前六年に建てられた建物が
現存していて自由に見学できました。

屋敷内部の壁や階段はすべては石彫刻で作られていて
漢方薬だった店舗は1階、2階は居住3階は花園という間取


防空洞があったので入ってみました。
積み重なった歴史の重さをずっしり感じて
ゾクゾクしたので早々に退去・・

世界の果てのような場所で大昔の暮らしの営みや
会ったこともない誰かの痕跡を体感してディープな台湾に
グイグイ引き込まれました。

周辺も探索したかったのですが雨が強くなってきたので
行きのバスで通ってきた「深坑」へ。